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LILIUM

趣味の記録保管庫

私たちは自然と共生できるのか?最終鬼畜真理

語り物

就職活動が終わったら、アニメ感想以外の記事でも書くか

そう思ってこの時期になっているあたりで

みなさんには色々と察してほしいところがありますが

今までの人生経験が!

ありのままの自分で!

などという綺麗事はすっかり信じられなくなった

就活ダークネスですどうも

 

 

はい!というわけで改めまして

みなさん、CiNii(サイニー)ってご存知ですか?

国内論文が検索できるもので、ものによっては読むことも可能です

私はここぞとばかりにもののけ姫に関する論文を読み漁りました

 

ぱねぇ面白い

 

たまに「おいおい本当にもののけ姫見たのかよ」と

批評したくなるものもありましたが

なかなか良いですね

哲学的考察が特に面白かったです

読みながら泣きました

 

そう、この哲学的考察を踏まえての記事が今回の記事なわけです

参考文献

私たちは自然と共生できるのか? : 『もののけ姫』の哲学的考察

 

では自然の人間の共生をテーマに

まずは自然の定義から決めましょう

 

自然:人為の加わらないさま(広辞苑第五版)

 

私たちの自然への認識はこれが一番近いと思います

はい!みなさん自然を思い浮かべてください

 

・・・・・

 

緑豊かな風景、綺麗な水の流れるさま

そんなのが浮かんだんじゃないでしょうか

 

この時点で私たちは「自然はこうである」という

人間の理想を自然に押し付けているんですよ

つまり人為が加わった理想の自然が今の「自然」となるわけです

 

話は少し変わって中世へ

「自然」で「ジネン」と読みます

人間社会・歴史のもつ運命的な在り方を意味する言葉です

つまり「自然」は自然界とは関係ない言葉なんですね

そして、中世

 

そう!!中世といえば室町時代!!

室町時代といえばもののけ姫ですよ!!!!!!(集中線)

 

ここでは通常の自然、人間の理想が加わる自然を「自然」の定義とします

目線はエボシとアシタカの二極でいきたいと思います

 

■エボシ視点

シシ神の森をシシ神を殺すことで人間の為に使おうとする人物です

シシ神の森には神性を持った乙事主やモロなどのもののけがいます

森を資源にするということは

神性を失い人知を超えた畏怖から制御可能な消費の対象にすることです

もののけはただのケモノに、サンも人間になります

これだけを読むとエボシは自然を破壊する冷徹な女性に思えますね

ではエボシの国、つまりタタラ場の人はどうでしょう

ここに住むのは虐げられた女、差別される病人です

彼らを人間として扱ってくれるのはエボシだけなんです

タタラが唯一の救いの場となるわけですね

で、タタラが存続しているのは森を破壊しているからなんです

つまり、自然破壊なしに人間は存在し得ないんですよ!!!

 

森を破壊しなければタタラは在り得ない

タタラが在り得なければ人間は在り得ない

よって森を破壊しなければ人間は在り得ない

 

こんな三段論法が出来上がっちゃうわけですよ

残酷な真理です

真理は残酷だが正しいと、どっかの錬金術師も言ってました

 

 

■アシタカ視点

アシタカ「曇りなき眼で見定め、決める」

超有名なアシタカの台詞です

超有名ったら超有名です

ここでの曇りなき眼は偏見なき視点だと考えましょう

エボシ vs もののけ ←偏見なきアシタカの関与

みたいなかんじだと思ってください

 

で、さっきの真理を思い出しましょう

自然と人間というだけでなく

この世のあらゆるものは何かの犠牲の上に成り立っている

これは否定のしようがないものです

残酷な言い方をすれば

自然と人間の共生・調和だと私たちが現実に、

さも美しいことのように謳っているこの言葉は

暴力性の連鎖に他ならないのです

暴力性の連鎖でもまだ優しいですかね

死こそが生を支えるでも良いかもしれません

 

ここでアシタカがキヨさんに撃たれ瀕死の際に

サンに放った台詞が意味を持ってきますね

 

「生きろ」

 

これですよ!これ!

アシタカはタタラ場で真理を突きつけられます

そして自分は死ぬ運命

「死など恐いものか!」と言い切るサンに「生きろ」と言うのです

これは序盤のシーンなんですね

ではラストはどうなっているか

 

「共に生きよう」

 

はい、こうなるわけです

“共に”生きる

これが、あの残酷な真理の果てにアシタカが導きだした答なんです

 

 

アシタカとサンが共に生きること

それは人間と自然の共生だとは言えないでしょうか

暴力性の業を受け入れ、苦悩し

それでも共生を目指すというアシタカ

綺麗事ですね

物語上でもお互いが破壊して終わったのに

ロマンティシズムの塊ですよアシタカは

馬鹿ですよ馬鹿

 

はい!!!勘の鋭い方はもう気付きましたねこの後の展開!!!!!

 

ジコ坊「馬鹿には勝てん」

 

そうなんです

アシタカは馬鹿なんです

ジコ坊が最後の最後にそう言ってるじゃあないですかッ!

 

こういう綺麗事を謳える馬鹿が

真理に打ち勝つ希望となるのかもしれませんね

就活ダークネスもお花畑就活脳ちゃんに変身です

 

というわけで

私たちは自然と共生できるのか?最終鬼畜真理の果てに

馬鹿と言われる綺麗事を目指すことが大事だと気付かされましたね

 

ラストシーンのコダマが

最期の自然の象徴なのか

これから始まる新しい自然の象徴なのか

そんなことを考えて見るのも面白いと思います

 

おわり